「きんぴらゴボウ」(2020,03,20)
私は初めてきんぴらゴボウを食べた日のことを、
いまでも忘れていない。
給食に出たその日、
奇妙な色と形に、こわごわ口へと運んだ…。
「美味しい。」
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家に帰って母に私は、
「きんぴらゴボウっていうの食べたの!
甘くてポリポリして、とても美味しかったのよ。
ねえ、お母さん、家でも作って!」
とさっそくせがんだ。
すると、母は言った。
「昔ね、お母さん、きんぴらゴボウが大好きだったの…。
よく晴れた…そうね、冬が近づいていたのかしら。
昼は暖かいけれど、
夜には寒くなる晩秋の頃だったと思うわ。」
「近くのスーパーマーケットでゴボウを買ってきて、
いつものように、きんぴらゴボウを作ろうとしたの。」
「透明なビニール袋からゴボウを取りだして、
さあ、料理をしようと手にとったとたん…」
「ゴボウと目が合ったの。」
「気のせいだと思ったわ。
野菜に目鼻があるなんてそんなこと、気のせいだって、
きっと疲れているんだって、そう思ったの。」
「でもね、そのとき、
ゴボウがくすり。と、笑ったの。」
「私は、ゴボウをまじまじと見つめたわ。
でもそれきり、ゴボウの顔は、動くことはなかったの…。」
私は驚いて、母に問いかけた。
「それで?そのあとゴボウはどうなったの?」
「新聞紙にくるんで、
ゴミの日に捨ててしまったの。
気味が、悪かったのよ。」
「…でもね、今でも思い出すのよ。
優しい和やかな顔立ちで、
ひと目で友達になれそうと思えるような、
チャーミングなゴボウだったわ。」
「それ以来、家にゴボウを買ってきたことはないし、
食べようとも思わないのよ。」
私はドキリとした。
きんぴらゴボウがあんなに美味しいのは、
生きていたからかもしれないと、とっさに思ったのだ。
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大人になったいま、
私は動物だけではなく、植物も生きていることを知っているし、
人と同じような顔があり、動くことなど無いことも知っている。
私は自分で料理を作るようになり、
きんぴらゴボウは、なかでもお気に入りのお惣菜だ。
けれど…私はゴボウを買ってくるたびに、
人と同じように笑う、柔和な顔がついていないかと、
つい、期待をしてしまうのだ。